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月面に立つ

僕は彼女と少なからず20回の別れ話をしている。その全てが状況は異なるが、彼女が切り出してきた。

二人で抱き合った朝

インターンの帰り際

自室で寝ようとしている時

本当に状況は様々で、それぞれがかなり話がこみいっていた。一生涯に経験する平均的な別れ話を二十代の前半で経験してしまったのではないかと漠然と考えてしまう。ある短い間に残虐で暴力的な経験を詰め込むようにした人間は、どこか大切な人間性のコアを歪めてしまったように思わされる。僕が見てきた人間は共通してコアの歪みに程度の差はあれ、負い目を感じていたし、外回りの見た目で覆い隠そうと注力していた。

僕の彼女もその一人だった。彼女は何層にも何か(残念だけれど言葉にするのは非常に難しい、確かなことは、それは偶然得られるようなものではなく、強い意志を持って選択されたものだ)を外部に塗りつけて、なめらかになるように曲面の凹凸を磨いていた。それは僕にザッハトルテの製造過程を思い起こさせたし、ツヤのある木製の家具を思わせた。

どうして僕は彼女の別れ話を受け入れないのだろう。あるいはこれからも。別れ話の中には懇願のようなものもあった(多くは冷静でビジネスライクなものだったが)。もしも自分の愛する人間が、傷つきスポイルされようとしていていて、自分を保つためリカバリするために別れを懇願するのならば、正常な人間ならば、相手の心身を気遣って別れを受け入れるだろう。そして心を傷めるのだはないだろうか。僕が経験してきた男女の関係を一般化した場合、そのようなことが起きるのだと考えている。わりに僕は無差別に偏見を持たずに情報を受け入れるタイプだ。おそらく一般化したと言ってもさしつないだろう。 

僕は一般化された人間とかけ離れた人間だろうか、決してそうではない。僕はなんらスペシャルな特性を持ち合わせたいるわけではない。他人が僕をどう判断しようと、僕は平凡で凡庸な意志しか持たない。自立性が不足しているのは否めない。ただ僕は公園の隅のブランコみたいにありきたりで、一目見れば大体の特性を把握できるような人間だ。 

僕が彼女を失いたくない(どれだけ彼女が熱意を持って別れを求めたとしても)理由はいくつあるだろう。ざっくばらんに俯瞰してみてもソリッドな個数は把握できないように思われる。というのもそれぞれの理由が、少なからず関係を持っており、ここまでは一つの事象だね。と切り離すことが困難だからだ。パン生地をヘラで綺麗に等分するように小気味好く切り分けられたならもっと簡潔だったはずだ。これはきっと仕方のないことなのだ。僕は山の連なりをを俯瞰して、あれは御岳山だ、あれは乗鞍岳だと断定するしかない。長く北アルプスに暮らす住民にとって乗鞍岳と御岳山の境目の位置はそれほど重要ではない。地形の隆起に大まかな名前をつけることが必要なのだ。いささか便宜的とも言えるかもしれない。 

大まかな事象をピックアップすることに努める。

僕は彼女を救いたいと思っている

彼女の地に脚ついた生活感は僕を安心させた

彼女の社会的欲求の強さは僕をソフィスティケートする

彼女は僕から離れようと努めている

書き出してみると、かなり微妙な話に収束しそうで身震いをしてしまう。僕は彼女を長期的な視点で得ようとしている。あなたは目を背けるかもしれないけれど、そこにはかなり現実的でビジネスライクな理由も含まれているのは事実だ。彼女は僕に与えるものはないと感じているかもしれない。しかし、僕は彼女から得られるものは計り知れないと確信している。彼女の強固な意志は融解する可能性はあるが(実際僕はそれを求めている。彼女はあまりにも強固だ。他人に頼ることなく孤独に生きうことが彼女の美徳となる。あるポイントに落ち着いていることは僕が見て明らかだが、根本的な解決は融解をもってしか得られないだろう。これはかなり骨の折れる話だ。僕が焦ってことを進行しようとすると、当然ながら強い抵抗が発生する。もっとも堪えるのは彼女自身なのだ。僕が他人のコアな部分に立ち入るのは軽率なのかもしれない。ただ、何も手をつけられないまま生きていくことといつか彼女はスポイルされるだろう。内面から崩れ落ちる日が来るかもしれない。僕は彼女のそばにいなくてはならないのだと強く感じている。他人にそれがエゴだといわれようと。)きっと長い間、その姿は保たれ強固になるのだと考えられる。僕は彼女の分厚い鎧のことが嫌いではない。彼女がもがき苦しみながら構築してきたそれはかなり良くできているし、見ていて魅惑されるものがある。