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若さと寛容さについて

無知を知らないと驕り高ぶる。人は不寛容になる。
僕を含め、若者はいつも不寛容だ。ある人は若者はプライドが高いといい、ある人は若者は傲慢だという。
ダサいイカしてるの判断はできるが、イカしたものを自分で生み出すことはできない、くらいの中途半端な知識と経験を持つ若者はやっかいだ。お前は誰やねんという斜に構えたそぶり。そして痛烈な批評。目にすると不快な気持ちになる。
不寛容さは無知を知らないから生まれる。それは明らかなことだ。では、なぜそうと知りながら、僕たちは傲慢でプライドが高いんだろう。
たぶんそれは僕たちが若いからだ。体力があり、比較的余生が長く、希望を抱きやすい。僕たちは若い故に希望を抱き、不寛容となる。
だとしたら、僕たちは不寛容さを乗り越える努力をするのではなく、受け入れて生活に落とし込む努力をするべきなのだろう。不寛容であること自体が罪なのではなく、それを対処できるかどうかが問題となる。
生きよう。生きづらいけれど。誰かがそっと後ろから見守っていてくれると信じて。